2011.03.10 Thursday
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青春グラフィティ「Again」自作恋愛小説の青春グラフィティ「Again」を執筆連載完了。青年がひとりの女性を恋したことにより、過去の壮絶な記憶が蘇ってきた。純愛と宿命をテーマにした物語。
2009.07.08 Wednesday
「Again」第一章その1
JUGEMテーマ:自作小説 緊張した雰囲気が漂う教室のなかで、口を大きく開けて呻くように欠伸をしてしまった。気まずそうにうつむいて目線を左へ反らすと、隣に坐っていた女性の手元で目が止まった。「サッ、サッ、サッ」鉛筆が軽やかにスケッチブックを滑る音が少し大きく聞こえてきた。 徐にスケッチブックへ視線をやると目が釘づけになった。正確なデッサンと鉛筆の柔らかい線で描かれている折鶴が、あまりにも生き生きしていたからだ。まるで、息を吹きかければ、今にも舞い上がりそうな折鶴だった。 (みんなこんなに絵が上手いのかな……? ぼくの絵はどう甘く見ても……)と腹のなかで呟きながら、視線を徐に上へ移した。 女性の横顔がおぼろげに見えてきた。 顎から唇、鼻、目、おでこ、横顔のラインは美人画のようだ。髪は栗毛色のロング。サラサラと細くて柔らかそうだ。形のいい耳にかかった髪は白く美しい首筋から肩へしなやかに流れていた。 女性らしい美しい指先が静かに髪をかきわけると、仄かなレモンの香りがぼくの鼻を撫でた。と同時に女神のような清楚で犯しがたい気品さえ漂っていた。 ![]() 幼少の頃、一緒に遊んだ幼なじみのような、とても懐かしい女性に出会ったようだ。 (将来この女性と結婚するのでは……?)と、不思議な衝撃が五体を突き抜けた。 「おい、加藤。何じろじろ見とる?」 加藤の右側に坐っていた親友の菊池は、加藤の態度が気になり耳元でささやいた。 「あとで話しするから……」 加藤は顔を菊池に近づけてささやいた。 しばらくすると静寂を破るような甲高い声が聞こえた。 「それでは、最後に出欠をとります。みなさんの名前と顔を早く覚えたいので、挙手して返事してください。いいですか!」 デッサン担当の戸川先生が叫んだ。そして、仕事の都合で遅刻して来る人のことを思いやって、授業の最後に出欠をとることになっています。だから、遅れることは気にせず頑張って登校してください。と言ってから、 「では始めに、天川武志、石川実、今井千恵……、加藤吾郎、菊池和男、黒田友美……」 加藤は横の女性をちらっと見て、 (黒田友美というのか、名前もめっさええ、声も魅力的だ……)と腹のなかで呟いた。 ……やがて、午後九時の終業のチャイムが鳴った。 数分後、加藤と菊池は、大阪環状線・森ノ宮駅の天王寺方面のホームに立った。すると、向かいのホームに黒田友美の姿があった。 「加藤、あそこ見てみ……。確か、お前の左に坐っていた女やな?」 「そうだ。黒田友美。将来、ぼくと結婚するかもしれん」 「えっ、一目惚れしたんか?」 「一目見た時、衝撃が走って、何か、ビィッビィッと感じたんや」 「そうか、なかなか気品があって綺麗な女やないか」 「菊池もそう思うか……」 加藤が言いかけると、会話を邪魔するように内周りの電車が勢いよくホームへ入って来た。「……内周り、鶴橋方面天王寺行きです……」と、独特の言い回しのアナウンスが耳朶に響いた。二人は慌てて閉まりかけたドアの隙間をすり抜けて電車に駆け込んだ。 加藤は車窓から黒田友美をじっと見詰めた。 しかし、彼女はうつむいたままだった。まさかこんなところから、誰かに見詰められているとは考えてもいないだろうと思った。 二人は天王寺駅で下車した。菊池は動物園方面に、加藤は天下茶屋方面へ別れて歩き出した。加藤は歩行が人並外れて早い、十五分が経つと閑静な阿倍野区の外れ、ワンルームマンションの自宅に着いていた。 加藤吾郎は三重県伊賀市で生まれ育ち、県内の県立工業高校の電気科を今春卒業して、大阪の大手電機メーカーに就職。同時に森之宮デザイン専門学校の夜間に入学していた。 加藤が十二歳の時、母は胃癌で他界。父は一年前、肺癌で亡くなった。加藤には兄弟がいない。だから、若くして天涯孤独の一人ぽっちになっていた。 加藤は身長百八十センチ、体重七十二キロ、小顔でスリムな体型をしている。伊賀忍者の血が流れているためか、身体能力はずば抜けて優れていた。精悍な面がまえ、髪は少し長く癖毛、全身から男らしい野生味が漂っていた。 加藤は休日以外、昼は仕事、夜は学校、そして帰宅後、課題をこなすという超多忙な日々を過ごしていた。男性なら当然、女性に興味はあるものの、今は自分の夢に向かって生きるのが精一杯だった。 黒田友美とは直感だけで価値感を共有できそうな気がした。人生の良き伴侶になるのではと思えてならなかった。しかし、まだまだその時期ではないという不思議な確信を加藤は持っていた。 2009.07.09 Thursday
「Again」第一章その2
JUGEMテーマ:自作小説 ベッドに腰をかけた加藤は、大きく息を吸って静かに肺から空気を吐き出した。それを数回繰り返すと、 (あーぁ、おなか空いたなぁ……)と、ひとりごちた。 そして、簡単な食事の用意を始めた。カップヌードルの蓋を開けポットの湯を注いだ。冷凍のピラフを電子レンジに入れた。野菜ジュースを冷蔵庫から取り出した。十五分もすれば、質素な腹ごしらえは終わった。 部屋には、オーディオ、本箱、机の上にはパソコン、そして、古いアコースティックギターが壁にもたれかかっていた。衣服はすべてクローゼットに収納してある。ワンルームの狭い部屋だが、若い男性にしては珍しくきれいに整理整頓されていた。 満腹感に浸りながら加藤はふと優しかった母を思い出した。大切な物を入れてある机の引き出しから、美しい花柄のハンカチに包まれた固まりを取り出した。 ゆっくりハンカチを開くと古い手鏡が現れた。この手鏡は母が亡くなる直前に、 「これは不思議な手鏡だから、かあさんだと思って大切にするんだよ。吾郎に心から愛する人ができたら、きっとその意味がわかるから……」と言って、ひとり息子の加藤吾郎に形見として手渡したものだった。 加藤は改めて、その二つ折りの手鏡を手に取ってじっくり見詰めた。材質は栗の木で巧妙な桜の花が彫刻してある。開けると全面が銀の鏡。骨董品にうとい加藤でさえ何百年もの歴史を物語っている手鏡だとわかる。 加藤は鏡面に息を吐きながらティッシュで丹念に磨いた。すると、本来の輝きを取り戻し、驚くほどよく映る鏡に蘇った。 鏡を近づけて見ると、自分の少し疲れた顔が鮮明に映った。母を恋しく思い、じっと見詰めていると不思議な現象が起こってきた。 鏡のなかに自分自身が吸い込まれていくようだ。ようだではない。本当にすべての心が吸い込まれ、猛スピードでフラッシュバックが始まった。加藤は頭のなかがクラクラして辺りが真っ暗になってしまった。 やがて、ぼんやりと辺りが明るくなった。遠くに小さな城がぼんやり見えた。どこの城だろう? と思う間もなく城へズームインした。その城は何故か見覚えのある優雅な姫路城だった。 ![]() 近づくと粗末なちょんまげをした門番が二人、槍を持って立っていた。だが、加藤吾郎の姿にはまったく気がつかないようだ。加藤吾郎はまるで透明人間になったようにどんどん城のなかへ入った。城内にはちょんまげをした腰に大小の刀を差した武士が大勢うろうろしていた。 武士たちの話をじっと立ち聞きしていると、ここの城主は、豊臣秀吉の知恵袋である黒田官兵衛孝高だとわかった。 この城主にはさまざまなエピソードが伝えられている。なかでも豊臣秀吉が伽衆に問いかけたと伝わる話で、 「わしが死んだあと、天下を取る者は誰か?」 この問いに徳川、前田、上杉、毛利といった名が口々に出た。しかし、秀吉は笑って別の名をあげたという。 「みんな違う、おそらく黒田官兵衛孝高であろう」 この時期、黒田官兵衛孝高は秀吉の軍師として活躍していた。 官兵衛はこの話を親しい僧侶から聞かされ、いよいよ隠居を決意したという。 黒田官兵衛孝高を黒田如水と改めるこの時、四十四歳。しかし秀吉は、如水(官兵衛)の隠居を許さなかった。秀吉は如水を信頼もしていたが警戒もしていた。戦国を生き抜いた男の直感で秀吉は如水を、(油断ならぬ知謀の策士)と警戒していたと思われる。常に最大の功労者である如水より、他の家臣に、より多くの恩賞を与えていた。如水が高い恩賞をもって権力を握ることを警戒していたのである。しかし、秀吉は警戒しながらも如水の知才を必要として軍師の大役を任せていた。 すると、ここは四百数十年も昔の世界になるのか? 加藤吾郎は不思議な世界に来たものだと戸惑いながら、振り返ることなくどんどん前へ進んだ。広い敷地で剣術の稽古をしている人影が見えた。 おそらく、大勢の弟子たちと向き合っている男が師範だろうと思い、その男を見た。加藤吾郎は目が点になるくらい驚いた。それは、加藤吾郎にそっくりだったからだ。ますます不思議な気持ちになった加藤吾郎は、その場から逃げるように遠ざかった。 しばらくすると、加藤吾郎は長い廊下を歩いていた。どんどん廊下を進むと、行き止まりに部屋があった。その部屋へ忍び足で入った。 加藤は部屋の中央に坐っているお姫様へ近づいて顔を見て驚愕した。な、なんと、そのお姫様は黒田友美に瓜二つだった。加藤はお姫様に声をかけようと思った瞬間、どんどん場面が小さくなった。やがて、針穴のように小さくなって、すべて鏡から消え去った。 そして、現在に戻っていた。 (驚いたな……これか、お母さんが話してくれたのは、ほんま不思議な手鏡だ。でもなぜ、お姫様に声をかけようと思った瞬間、現在に戻されたのか……?)と疑問に思いながら、 まさかこれは夢ではないかと、自分の頬をつねって見たが……やはり痛かった。 2009.07.10 Friday
「Again」第一章その3
JUGEMテーマ:自作小説 加藤吾郎は不思議な過去を体験した日から二ヶ月が経った。これといった変化もなく慌ただしい日々を過ごしていた。 今、森之宮デザイン専門学校では、グラフィックデザインの授業が始まったところだった。教室を見渡すと随分、生徒が減っていた。ざっと数えて百名くらい、もう入学時の七割になっていた。 加藤はいつの間にかうしろの方へ坐るようになっていた。一方、黒田友美はいつものように前の方に坐っていた。 「前回の課題をまだ提出していない人は手を挙げてください」 グラフィックデザイン担当の山本先生が訊ねると、三割近い人の手が挙がった。 「できるだけ早く提出してください。一学期中ですから、あまり日がないですよ」 珍しく、山本先生は提出を催促した。不真面目な生徒が多いことに、焦りを感じているようだった。 黒田友美はやはり今日も手を挙げていた。 (まだ提出していないのか……本当に勉強する気あるのかな?)と、黒田友美の背中を見詰めながら加藤は思った。 最近、加藤のなかにいる黒田友美の存在は、すでに他人ではなくなっていた。だから彼女の挙動が気になって仕方なく、無意識のうちに観察するようになっていた。加藤の目には、黒田友美はグラフィックデザインの勉強になると消極的だが、絵画にはすごく興味を持って積極的に学んでいるように映った。 今日は、しばらく不登校だった菊池が、二週間ぶりに出席していた。 加藤は心配して、 「菊池、最近どうしたんや? 仕事忙しいのか?」 「いや、彼女できたから、夜はデートで……」 「やっぱし、このクラスの今川千恵か?」 「そうや。図星や」 「道理で……、菊池が欠席の時は今川も見かけないから、おかしいと思っていたんや」 加藤は菊池の目を睨んで言った。 すると、菊池は苦笑しながら、 「デートしたら、めっさ楽しくて、学校に行く気にならんのや」 「菊池、女に狂ったらあかんぞ!」 「俺、女に狂ってないよ。ちゃんと会社も行っとるよ」 菊池はちょっと怒ったように口調を荒げて言った。 「女のために会社へ行かなかったら最悪だよ。それから、女のために自分の夢を壊すのも良くないぞ」 加藤も少し口調を強めて諭した。 「夢を壊す? 俺は夢を壊す気などさらさらないよ」 「気はなくても、デートして学校を休んどったら、勉強も遅れる一方やから、学校に来ても楽しくないのとちゃぅんか?」 「まあーな、加藤の言う通り楽しくないよ……このままやったらまずいことになる。だけど、千恵のこと考えたら何も手につかんようになるんや」 「そ、それを、女に狂っとるというんや。ほんまの恋をしたら、彼女のために仕事や勉強をもっと頑張ろうと思うんとちゃぅんか?」 菊池は頭ではわかっているつもりだが、感情ではどうしょうもないんだと、悲しい表情をして小声で応えた。 ……二人は夢中で話していると、授業の始まるチャイムが鳴った。 二時限目は写真の授業だった。カメラマンになる訳ではないが、グラフィックデザインに写真は大きなウェートを占めているから基礎知識だけでも学ぶことになっていた。 今日は、カメラの構造、シャッタースピードと露光、絞りと被写体の関係を学んだ。次回の金曜日の授業は、夜景をモノクロ写真で撮影実習することになった。 授業が終わるといつものように加藤は、菊池と環状線内周りのホームに立った。夜空を仰いでいると、大きな雲が満月にかかって辺りは少し暗くなった。向かいのホームに黒田友美と数名のクラスメイトが話しながら現れた。 「ちょっと、加藤あれ見ろよ。黒田さんと小林君が楽しそうに話とるぞ。お前、嫉妬しないのか?」 「……かまへん、嫉妬しないよ。まだ、話する時期じゃないような気がして、そっと傍観しとるだけで十分なんや」 「なんやと加藤。そんなにのんびりしとったら、黒田さんを誰かに持っていかれるぞ」 「持っていかれたら仕方ないことや。まあ、縁がないと思って諦めるよ」 加藤はじっと夜空を見詰めながら小声で言った。 「加藤、ほんまに黒田さんと結婚したいと思っとるんか?」 「思っとるけど……別に焦ることないし」 「焦ることない? なんでや?」 「それは……ぼくにもわからん」 加藤は菊池の方へ顔を向けて冷静に言った。 「俺も加藤の気持ち、ようわからん」 菊池は加藤の顔をじっと見詰めて苦笑してから、 「めしでも食べようか、俺がおごったる」 「菊池、珍しいこというな……」 「ちょっと臨時収入があったんや。中華の王様でええか? おいしいのはギョーザとキムチだけやけど、めっさ安いから……」 「何でもええ。おごってもらって贅沢いうたら罰あたるよ」 久しぶりに出会った二人は、王様で楽しく世間話をしながら遅い食事をすませて別れた。 2009.07.11 Saturday
「Again」第一章その4
JUGEMテーマ:自作小説 一週間後の金曜日、雲ひとつない真青な空を工場の窓から眺めながら、加藤吾郎はオーディオの製造コンベアラインでスピーカーを取り付ける作業をしていた。このコンベアラインは製品の外観を組み立てる最終工程で、製品が完成すると検査をして梱包まで約三十数名のスタッフが携わっていた。 一人が約三十秒の単純な作業だが人間の能力は歴然と顕れる。作業をいかに早く完璧にするか工夫しながら作業する人はミスが少ない。逆に、意欲がなく漠然と作業している人はミスが多かった。加藤は周囲が驚くほど手が早くミスも皆無だったようだ。 終業のベルが鳴ると、加藤は少し疲れた体にムチを打って、森之宮デザイン専門学校へ急いだ。今日は楽しみにしていた撮影実習だった。 森之宮デザイン専門学校から大坂城は近いように見えていたが、思った以上に敷地が広く、大坂城の側まで行くのに徒歩で二十分もかかった。加藤は菊池と大倉の三人で行動していた。大倉勇治は最近よく話しをするようになった仲間だった。 今日の課題は、モノクロ写真で夜景を自由に撮影することだった。夜景を撮影するには、カメラがブレないようにしっかり三脚で固定し、シャッターを十秒〜三十秒開放にしなくてはいけない。どんな写真になるか想像しながら勘で開放時間を決めてシャッターを押す。だから、どんな作品になるかわからないのが、逆に楽しさを倍増してくれる。 午後八時頃、夜空には満月が煌々と輝いていた。三人は大阪城の周辺を一周しながらおもしろそうな被写体を見つけると、愛用のカメラを三脚にセットして、夢中でシャッターを押していた。 ![]() 「加藤、あっちに黒田さんと柳川さんがいとるぞ」 菊池は指差して叫んだ。 「ほんまや、ちょっと行ってみるか」 加藤が言うと、三人は黒田友美と柳川幸江が撮影している場所へ走った。 「今晩は、いい写真撮れた?」 加藤は二人へ気さくに声をかけた。 黒田友美は加藤に向かってかすかに笑みを浮かべて、 「ダメみたい、全然自信がなくて……。加藤さんは上手く撮れました?」 加藤は黒田が自分の名前を言ってくれたことに驚いた。と同時に嬉しくなって、 「勘で撮影はしたけど……、ぼくも全然自信ないよ」 「本当ですか、私はバカチョン愛用者だから、このカメラではさっぱりわからないの……」 黒田友美はカメラを見せながら言った。 「そのニコンのカメラめっさいいじゃないですか?」 「えっ、めっさ?」 黒田は首をかしげて訊ねた。 すると加藤は「ごめん」と謝ってから。「めっさ」は三重県の方言で「すごく」という意味なんだと答えた。 「へーえ、加藤さん三重県出身なの……。あっ、このカメラは伯父さんから借りたのよ」 黒田はさわやかな笑顔で答えた。 加藤も笑顔で頷いた。数分間、言葉を交わしただけだったが、加藤は彼女に対して不思議なほど親近感をもった。 「みんなあそこで、たこ焼き食べようか」 菊池は屋台を指差して叫んだ。 すると、みんな一斉に屋台の方へ歩き出した。 屋台に近づくと、焦げたソースの香りが食欲をそそった。五人は、焼きそばやたこ焼きを食べながら会話が弾んでいた。 加藤と菊池は黒田と話に花を咲かせ、大倉は柳川と話が弾んでお互いの携帯メールまで交換していた。 食べ終わると黒田と柳川は、難しい撮影はもう止めて帰ると言い出した。加藤たちは、明日は土曜日の休日だから、徹夜してもっと色々な夜景や夜明けを撮影するんだとはりきっていた。彼女たちから「がんばってね」と、励ましの熱いエールを贈ってもらって別れた。 三人は大坂城公園をキョロキョロしながら、何かおもしろいシーンはないかと思いながら散策いていた。好奇心旺盛な若者は、まるで少年のように無邪気に被写体を探していた。 「キャー、助けて!」 突然、女性の悲鳴が夜空に響いた。 驚いた三人は、急いで悲鳴の方向へ走り出した。加藤はめちゃ足が速い。見る見る二人を引き離して声の方向へ近づいた。 すると、鼠色のジャージ姿の男が逃げ惑う女性を追い回していた。 「こら! やめんか!」 加藤は鋭い叫び声を男に浴びせると、男は慌てて逃げた。 「大丈夫ですか?」 加藤は襲われていた女性に近づいて訊ねた。 「ありがとう、加藤さん」 聞き覚えの声がした。 「あっ、黒田さんじゃないですか。怪我はない?」 「ええ、でもすごく怖かったわ……」 黒田は小刻みに震えながら言った。 加藤は怪訝な表情をして、 「あれ……黒田さん、柳川さんと一緒じゃなかったの?」 「幸江ちゃんは、お父さんが車で迎えに来たから、先に帰ったんです」 黒田がそう答えたところへ、息をはずませて二人もやって来た。 「あれ……? 黒田さん大丈夫?」 菊池も驚いて訊ねた。 「ええ、もう大丈夫よ。ありがとうございます」 「黒田さん、ここは一人じゃ危ないから、ぼくたちが大阪城公園駅まで送るよ」 震えている黒田がかわいそうになった加藤は頼もしく言った。 「ありがとうございます。助かります」 三人は黒田と大阪城公園駅へ向かって歩いていると、どこからか美しいメロディーの着メロが聞こえた。 「誰か電話ちがう?」 「私よ……」 黒田はそう呟いて携帯電話に出た。 「今晩は、明日昼十二時に梅田でいつもの場所ですね。わかったありがとう」 黒田は用件だけ聞くと静かに電話を切った。 加藤は黒田の電話が気になって仕方なかったが、ぐっと言葉を飲み込んだ。加藤は何食わぬ顔をして雑談しながら歩いていると、あっという間に環状線の大阪城公園駅へ着いた。 三人は切符自動販売機の前で、 「黒田さん気をつけて帰りや」「お疲れさま」など口々に声をかけた。 「加藤さん、菊池さん、大倉さん、今日はありがとうございました」 黒田は深々と頭を下げてから、階段を静かに上った。階段の途中でくるりと振り向いて、笑顔でかわいく手を振った彼女の姿が、加藤にはたまらなく愛おしくて印象に残った。 2009.07.12 Sunday
「Again」第一章その5
JUGEMテーマ:自作小説 三人は大阪城公園駅から環状線に沿って森ノ宮駅方面へ歩いていた。加藤は星が瞬くきれいな夜空をじっと眺めると、千日姫と黒田友美の笑顔が交互に浮かんで見えた。これは脳裏のどこかに先程のシーンが残像しているためじゃあないかと思いながら……ゆっくりした歩調になっていた。 時々、大勢の乗客を乗せた電車がレールの上を滑るように流れた。ふと気づくと、道路の右端に車がずらりと一列に停車してあった。どの車も車内で人影が動いているようだった。 それを知った大倉はわざと車に接近してゆっくり歩きながら、そっとアベックの抱擁を覗き始めた。 「大倉、何をこそこそ覗いているんや?」 「何っておもしろそうやで……菊池も覗いてみるか?」 菊池もわざと車に接近して、嬉しそうにこっそり車内を覗いていた。 それを見た加藤は、 「こら、二人とも止めろよ!」 と鋭く注意した。 すると、「ええやないか」と、大倉と菊池は加藤に食ってかかった。 「何がええんや、男がこそこそ覗いて、みっともないと思わんのか」 加藤は真剣な顔で言い返した。純粋で大真面目な加藤は正義感が強く、悪いことは無視できない性格だった。 大倉と菊池はちょっとすねて早足で歩き出した。 しばらくすると、森ノ宮駅の明るいホームが見えてきた。ホームの下は中央大通り、上は阪神高速東大阪線が東西に延びている。その高速道路に沿って、気を取り直した三人は撮影に熱中しながら西へ小一時間進むと、「雨の御堂筋」の歌謡曲で全国的に有名になった御堂筋の交差点に出くわした。 御堂筋は梅田から難波まで六車線が北から南へ一方通行になっている。 ずらりと沿道に植えられてた銀杏の街路樹は、街頭に照らされて鮮やかな緑に輝いていた。三人は御堂筋を車と逆行する北へ向かって撮影しながらゆっくり歩んだ。 御堂筋の梅田に近い淀屋橋や中之島公園は明治・大正時代のアンチックな建造物が多く、ドラマチックなロケーションがたくさんあった。 三人は夜明けの日の出を中之島公園で撮影することに決めた。 今は午前一時過ぎ、日の出までに四時間はある。三人は時間潰しにもう少し歩いて、東梅田の繁華街にあるゲーセンに立ち寄った。ゲーセンは花の金曜日ということもあって若者やサラリーマン風の人たちで賑わっていた。 加藤と菊池は高校時代、クラスメイトで流行った大富豪のテレビゲームに夢中になり、時間は瞬く間に過ぎた。 「じゃあ、加藤そろそろ行こうか」 菊池が声をかけると、加藤は腕時計を見て、 「もう四時か。大富豪はめっさおもしろいから、時間が経つの早いなぁ」 「ほんま、めっさ楽しかったな」 「あれ……大倉はどこや?」 加藤はそう言いながら周りをキョロキョロ見渡した。 「ほれ……あそこで寝とるよ」 菊池は大倉の寝ている姿へ指差して言った。 「大倉はどこでも寝れるんやなぁ……ほんま気楽な男やで」 加藤は呆れ顔になった。 菊池はむずがる大倉を無理やり起こして、三人は中之島公園へ急いだ。 途中、大倉が携帯電話を開いて微笑んだ。 それを見ていた菊池が、 「大倉、何で喜んでいるんや?」 大倉はニヤニヤしているだけで黙っていた。 「もしかして、柳川さんからメールあったんか?」 菊池が訊くと、大倉は嬉しそうに頷いた。 中之島公園へ着く頃、生駒山の空が少し明るくなっていた。撮影場所に到着すると三人は急いでカメラのフィルムをカラーに差し替えた。 加藤はライオン橋の中央にカメラを設置して、水とビルディングと旭日の劇的瞬間を撮ろうとかまえた。 太陽が顔を見せ始めた。空はオレンジに染まり、前方の川の水面は宝石のようにキラキラ輝き始めた。街並みは淡い闇色のシルエットになった。 ![]() 神秘的なロケーションはこの瞬間しかない。加藤は無我夢中でシャッターを切った。感動しながら何回もシャッターを切っているうちに太陽は大きく顔を出し、あっという間に旭日とはいえない風景になってしまった。 加藤は充実した一晩に満足しながら疲れた体を引きずり、地下鉄堺筋線の北浜駅から地下鉄に乗って、天下茶屋駅で下車、午前七時過ぎ我が家へ帰宅した。 早速、汗まみれの体をシャワーで洗い流してベッドに寝転んだ。目を閉じて眠ろうとすると、黒田友美の笑顔で手を振っているかわいい姿が瞼に浮かんでなかなか寝つけない。 諦めた加藤は起き上がって、椅子に坐り机の引き出しから手鏡を取り出した。静かに開いて見ると、疲れた自分の顔が映っているだけだ。 しばらく鏡を見詰めていると、頭のなかがクラクラ周り出した。どんどん鏡のなかに吸い込まれて、猛スピードで戦国時代へフラッシュバックした。前回と同じように姫路城の城内へ入ると、広い敷地で剣術の師範と弟子たちが話をしていた。 「加藤信之介先生、ありがとうございました」 「ご苦労だった。おぬしらの技は、めきめき上達しているぞ。これからますます楽しみじゃのう。では、さらばじゃあ」 「ありがとうございます。加藤信之介先生、では、失礼いたします」 七人の少年剣士たちは口々にあいさつして去って行った。 側で透明人間のようになって聞いていた加藤吾郎は驚いた。師範の姓までが同姓だったのだ。加藤信之介は二十歳くらいの凛々しい若者で本当に加藤吾郎と瓜二つだった。 しばらくして、加藤信之介は井戸端で上半身裸になり汗を流していた。逞しい鋼のような筋肉が剣豪を物語っているようだ。 「信之介様お疲れさまです」 うしろから優しい声と共に加藤信之介の肩にタオルがかけられた。 「これは、これは、千日姫様。もったいないことを」 「よいではないか、これしきのこと」 「かたじけなく存じまする」 加藤信之介はあとずさりしながら恐縮して言うと、 「何がかたじけないじゃあ。もーう、信之介様は冷たいのう」 「では、失礼つかまつる」 「もーう、信之介様のバカバカ」 千日姫は十八歳くらいの乙女、黒田勘兵衛の大切な一人娘である。勘兵衛が縁談をもって来ても頑として受けつけない。いつも男には興味がないと言って断っていた。実は、千日姫は二年前から加藤信之介を激しく恋慕っていたからだ。 加藤信之介は忍者の里・伊賀で生まれ、身体能力はずば抜けて優れていた。幼少より剣術と忍術を学んでいた。十五歳で無心流免許皆伝の師範になり、腕前は城下一といわれるようになった。しかし、これは表の姿であり、真実の姿は謎に包まれていた。 加藤信之介は下級武士のため、千日姫との恋が許される訳がないから、あえて、千日姫には冷たく接していた。だが、千日姫が愛おしくて仕方がないようだった。そのことを千日姫は鋭く感じているらしく、信之介を見かけるといつも嬉しそうに追いかけて、我儘を言っては甘えていた。 天下に頭角を現した豊臣秀吉の軍師として、抜群の働きをしていた黒田勘兵衛とその身内の命を狙う曲者がいるとの情報から、加藤信之介は黒田勘兵衛より千日姫の警護を厳命されていた。だから、千日姫の目に止まる所にいることが多く、なおさら、千日姫は信之介を見付けると声をかけるようになっていた。 寝静まった午前一時頃、静寂を破って、 「曲者だ! 出合え! 出合え!」 大音声が闇を突き裂いた。加藤信之介は跳び起きると速攻、千日姫の部屋へ急いだ。信之介は千日姫の部屋のふすまを開けようとした、その瞬間。それを眺めていた加藤吾郎はどんどん部屋から遠ざかり、城外に出て姫路城が見る見る小さくなりやがて針の穴のようになって消え去った。 またもや現実に引き戻された。 (なんでや? 千日姫が危ないというのに……)加藤は苛立ちながら腹のなかで呟いた。しかし今回の体験で加藤吾郎は、黒田友美と過去から深い縁があることを強く実感した。 加藤はあれこれ思いを巡らすうちに徹夜の疲れもあってか、いつのまにか深い眠りに落ちた。 2009.07.13 Monday
「Again」第一章その6
JUGEMテーマ:自作小説 夜景の撮影から一週間後、加藤吾郎は森之宮デザイン専門学校の暗室で、撮影した白黒フィルムを現像して印画紙に焼きつけた。仕上がりは想像していたより構図やコントラストが悪かった。 写真を見ながら愕然としていた加藤へ先生は、 「初めての作品にしては上等じゃないか」と、誉めてもらったので少し気分が和らいだ。 それより最近、気になることは、夜景の撮影から黒田友美がぷっつりと学校へ姿を見せないことだった。加藤は今日こそはと期待して登校していたが、いつもその期待は裏切られていた。 そんな日々が続いて……。やがて、森之宮デザイン専門学校は長い夏休みに入った。 一週間後の蒸し暑い夜、加藤吾郎は久しぶりに菊池を誘って、天王寺ステーションの南側にある焼肉屋へ向かった。ここは安くておいしいと評判の店だから、いつも長蛇の列をつくっていた。それを覚悟で行ったのだが幸い少し待っただけで坐ることができた。 加藤は焼肉を網の上で焼きながら、手鏡で見た戦国時代にフラッシュバックした体験を語った。すると菊池は真剣な表情をして、 「のお、加藤。不思議な話やけど、それほんまちゃぅか」 「えっ、何でそう思うんや?」 「生命は永遠やから、大昔のことを思い出しても不思議やないと思うよ」 「生命は永遠?」 「そうや。生命は永遠なんや」 菊池はそう言いながら、ひとくちウーロン茶を飲んだ。そして、耳を澄ましてよう聞いてやと前置きしてから語り始めた。 不思議な生命の謎を仏法では「空・仮・中」の三諦と説いている。人間に例えれば「空」は心、「仮」は肉体、「中」は永遠の生命。この三つが生命の実体である。人間は生まれるとまず名前をつける、仮に名前を「けんちゃん」として、心と肉体は二十年もすれば成人して赤ちゃんの時の「けんちゃん」とは思えない。しかし、間違いなく「けんちゃん」本人である。年老いて七十・八十歳になっても「けんちゃん」には間違いない。人間の心と肉体は常に変化してやがて老化して死んで行く。しかし、普遍的に変わらないものが「中」の永遠の生命である。人間の肉体と心は生死の輪廻を繰り返しているけれど、永遠の生命は無始無終といって始めも終わりもなく、経験したことすべてを因果の業として生命に深く刻み込まれていくんだ。だから、永遠の生命を奥深く探求して行くと、忘れていた過去の記憶が蘇ってくることもある。と語った。 加藤は焼肉を食べるのも忘れて菊池の話に熱中した。そして、菊池は難しい哲学的なことよく知っているな、と感心して訊ねた。 「俺は理論だけで実践が伴っていないんだ。だから、加藤によく注意されているんや」 「そうなんか。でも、めっさ興味あるからもっと話してくれないか」 「わかった。で、先程の話どう思うとるんや?」 「ぼくも過去の記憶が蘇ってきているんじゃないかと実感しとる」 「そうか、やっぱり実感しとるのか」 菊池は焼肉を口に一杯ほおばりながら言った。 加藤はウーロン茶を一気に飲み干して、 「もう、おやじとおふくろはこの世にいないが、両親はいつもぼくの心のなかに生きているんや。優しかったおやじとおふくろに誉めてもらいたいと思って、頑張って生きているんや。だから、両親の生命は永遠に続いていると思うよ」 菊池はその話しを聞いて納得したように、 「そうか。加藤は両親を早く亡くしたことで、なおさら永遠の生命観を実感できとるんと違うか」 「そうかも知れないな……」 「唯物論的に考えたら人間は物体やから死んだらすべてなくなる。そんなんやったら人間って寂しいよな」 菊池が言うと、加藤はすかさず、 「そうだな。虎は死んでも皮を残すというけど、人間は死んで何にも残らんかったら猛獣にも劣るよな」 「それにしても、戦国時代の加藤信之介と千日姫の関係は興味深いな。これからどんな展開になるのか……? 最後の結末を見られんかったのが残念やったな」 菊池は焼肉を網の上に乗せながらしみじみ言った。 加藤は焼き上がった焼肉を箸で小皿に移しながら、 「そうやねん。不思議やろ。急に現実に引き戻されるんやから」 弾けるような声で言った。 それから二人は話に夢中になり哲学や芸術を楽しく語り合った。 午後九時、焼肉店を出た二人は、久しぶりにビリヤードがしたくなり、少し離れたプールバーへ向かった。 しばらく歩くと森のような大きな公園が見えた。そこを斜めに通り抜けようと足を踏み入れると、二人の目の前に暴走族風の男四人が現れた。 逞しい体の菊池は、加藤の前に素早く出て、平気な顔をして男たちの間を両手で掻きわけて通り抜けた。 「こら! 待たんかい!」 うしろから鋭い言葉を浴びせられた。 気の短い菊池は勢いよく振りかえり、 「なんやと!」 喧嘩ごしに大声で威嚇した。 すると、四人の男たちは威勢よく菊池へ向かって来た。 加藤は「やめろ」と言いながら菊池を制した。 しかし、すでに頭に血がのぼっていた菊池は、加藤を振り払って四人と乱闘を始めた。加藤は仕方なく、みんなに喧嘩を止めるよう仲裁に動き回っていた。 すると、公園の奥から仲間の六人が助っ人に現れた。手には木刀、チェーン、ヌンチャック、バットを持って菊池と加藤を囲んだ。武器を持った相手へ菊池は殴りかかろうとしたが、加藤はそれを制して言った。 「菊池、やめろ。怪我でもしたらどうする」 「かまへん、加藤そこどけ!」 「菊池、ええかげんにせい!」 加藤は夜空を裂くような大声で叫んだ。 菊池は諦めたようにおとなしくなった。一瞬、時が止まったように静寂が流れた。 木刀を肩に担いだリーダー格の男が、 「なんじゃ意気地なし、お前ら玉もってるんのか?」 舌を巻いて生意気に言った。 菊池はまた怒りを顔に表し半歩前へ出て、 「あぁ、ちゃんと玉もってるで……見せたろか」 低い声で鋭く言った。 すると、リーダー格の男は顔をしかめて貧乏ゆすりをしながら、 「兄さんええ根性してるなぁ……もう見逃したるさかい、銭を出せ」 それを聞いた瞬間、我慢していた加藤が、 「なんやと、もう一回言うてみい!」 リーダー格の男を睨みつけて鋭く言った。 すると、リーダー格の男は目を吊り上げて、 「なんやと、銭を出せ言うてんのが聞こえんのか、お前つんぼか?」 木刀を地面に叩きつけて怒鳴った。 加藤は怒りを爆発させて、 「貴様ら、恐喝するんか!」 鋭い叫びに驚いたリーダー格の男は一歩さがった。 そして、 「生意気な奴やのう……」 と言いながら、木刀で加藤の頭上めがけて激しく打ってきた。 加藤は一瞬の間合いでそれを躱した。 もう、我慢できなくなった加藤は攻撃の構えになってしまった。それを見た別の男がヌンチャックを振り回しながら加藤へ襲いかかった。加藤は目にも止まらぬ速さでそれを躱しながら、回し蹴りを腹部に炸裂させた。男は下腹を押さえて呻きながら膝から崩れ落ちた。 次の男はチェーンを大きく回転させながら加藤を激しく攻めたてた。唸りをあげて飛んでくるチェーンを加藤は素早く動き回って躱しながら大きくジャンプした。加藤の得意技である空中膝蹴りがチェーンを持った男の顔面に命中した。男は鼻血を噴き上げてよろめきながら倒れ込んだ。 「このやろー」と叫びながら、血を見て興奮した相手が一斉に加藤と菊池へ飛びかかった。 菊池は顔面から血を流しながら暴れ回っていた。加藤は相手が驚くほど素早い動きで次から次に男たちを殴って投げ飛ばしていた。この騒ぎを聞きつけたパトカーがサイレンをけたたましく鳴らして近づいて来た。 それに気づいた加藤は菊池の腕をつかんで一目散に逃げ出した。あっという間に公園を突き抜け、細い路地を疾走して逃げた。 「加藤。な、なんで逃げるんや?」 菊池は息を弾ませながら訊いた。 「ごめん、ちょっと訳あるんや」 加藤はそう言って、周りを見渡したながらスピードを落として歩き出した。 「訳って、なんやねん?」 菊池も周りを見渡したながら言った。 加藤はほっとした表情で、 「逮捕されるからや」 すかさず菊池は、 「えっ、逮捕? なんでや? 悪いのはあいつらやないか」 「そうやけど、ぼくは有段者なんや」 「有段者? 何の?」 「拳法や剣道それから柔術とか……全部で十段あるんや」 「十段も……それで加藤はめっさ強いんか。ずっと高校一緒やったのに俺、知らんかった」 菊池は興奮しながら言った。 五歳から修業して中学卒業までに段を取ったんや。それからは、おとなしくしていたのでわからんかったんと違うかと言った。そして加藤は、 「有段者は喧嘩しても罪になるんや、捕まったら面倒なことになるから逃げたんや」 「そうやったんか」 菊池は納得した表情で呟いた。 「ただの喧嘩なら我慢していたが、銭を出せと恐喝したから頭にきたんや、あいつらの行為は絶対に許すことはできなかったんや」 正義感の強い加藤は拳を握りしめて怒りを込めて言った。そして、今日はビリヤードは諦めて帰ろうかと残念そうに小声で言った。 「仕方ないな、そうしょう……」 菊池も残念そうに呟いた。 2009.07.14 Tuesday
「Again」第一章その7
JUGEMテーマ:自作小説 九月に入っても真夏日の記録を更新していた。まだまだ猛暑は続いていたが、森之宮デザイン専門学校の長い夏休みは終わった。といっても、加藤吾郎は夏休みの期間中、朝から職場で働き夜は専門学校の課題に励んでいたので、子どもの頃のようなのんびりした夏休みではなかった。 今日からは昼は仕事、夜は森之宮デザイン専門学校、そして帰宅して二時間の課題制作という、超多忙な日々が年末まで続く。 二学期が始まると加藤吾郎はちょっぴり寂しい表情をしながら授業を受けることが多くなった。それは、二学期になってもやはり黒田友美が学校へ姿を見せないこと。それと、登校する生徒が半減したことだった。時々、忘れた頃に菊池は学校へ顔を出していた。授業を受けるというより、仲間へ会いに来たという方が正しいかもしれない。 黒田友美は夏休みに入る前、「飛翔」という絵画塾に入塾した。「飛翔」は森之宮デザイン専門学校のデッサンの講師をしている戸川先生が個人的に教えている絵画塾だった。 戸川先生は四十代半で、水彩画の新世紀展などでよく入賞している中堅画伯だった。住まいは森ノ宮で専門学校からも近い。三十数名の塾生を自宅のアトリエで教えていた。森之宮デザイン専門学校のクラスから男・女数名が入塾していた。 絵画が好きで森之宮デザイン専門学校へ入学した生徒は、一学期の終わり頃には絵画とデザインの違いがわかって、デザインへの関心が薄れ、不登校になっているようだった。 デザインは無駄な物を除いて、いかにシンプルに美しく要点を強調するかがポイントといえる。企業の全般的に商業ベースに乗っているため、時間や予算などの規制は多いけれど、職業としては安定した収入を得ることができる。反面、絵画は自分の好きなテーマで自由な自己表現ができるため芸術性は非常に高いが、安定した職業としては非常に難しい。 加藤はすでに両親がいないため甘えた生活は許されなかった。着実に仕事をしながら得た収入で日々を暮らしていた。将来はグラフィックデザイナーとして独立することを夢みて真剣に勉学にも取り組んでいた。 しかし最近、黒田友美のことを思うと恋しくて胸が痛み、何もかも手につかないことがあった。親友の菊池の気持ちが痛いほどわかった。こんなことでは駄目だと自分自身を励ましていたが……、恋することがこんなにも苦しく切ないものかと初めて実感した。 そんなある日、菊池が久しぶりに森之宮デザイン専門学校へひょっこりやって来た。菊池はもう勉強をする気などさらさらないようで、加藤や仲間と話すのが目的だったようだ。 授業が終った午後九時過ぎ、近くの喫茶店へ加藤は菊池を誘った。加藤はカレーライスを食べながら、気になっていたことを菊池に訊ねた。 「菊池、学校のことどう考えているんや?」 「学校か……もう卒業は諦めたよ。気が向いたら学校に来るだけや」 「そうか、もう諦めたんか。でも、今から頑張ったら何とかなるんとちゃぅんか?」 「俺、彼女と週二〜三回デートしているから、忙しいんや」 「デート? 学校を辞めた今井千恵とまだ付き合ってるんか?」 加藤は菊池が以前つき合っていた彼女の名前を思い出して訊いた。 「まだとは失礼やなぁ。めっさラブラブなんやから」 菊池はやっと運ばれてきたピラフを口の頬ばりながら言った。 「そうか。ええなぁ……」 「加藤、えらい羨ましそうやな」 「もうエッチしたんか?」 「うん、この前やっとエッチしたんや。もーう、千恵めっさかわいかったで」 菊池は幸せそうに微笑んで言った。 「加藤、冴えん顔して……どうしたんや?」 「うーん。最近、黒田さんのことが気になってなぁ」 「今までの余裕とは、えらい違うやないか。焦っとるんか?」 菊池は水を一気に飲んで加藤を見詰めた。 「焦っているかもしれないな。もう会えないのかと思ったら思うほど会いたくなるんや。一度じっくり語り合いたいと思っていた女性やから、何で電話番号を聞かんかったんやろか……」 加藤は悔しそうな口調で言った。 「そうやったんか。でも、縁があったら絶対に会えるから安心せい。俺も黒田さんをどこかで見かけたら声かけるから、いざとなったら学校で連絡先を訊いたらええやないか」 菊池は同情して慰めるように言った。 「それもそうやなぁ。希望をもってチャンスを待つことにするか」 加藤は少し笑みを浮かべながらも、どこか寂しそうな表情で呟いた。 菊池はこんなに寂しそうな加藤を見るのは初めてだった。よほど黒田友美を恋しく思い詰めているのだろう、親友として何とかしてあげたいと心から思った。 その日から、加藤吾郎はさらに激しく黒田友美を恋しく思うようになっていた。ややもすると何もかも無気力になってしまいそうになる。こんな状態のまま生きつづけてはならない。生きる意欲をつかまなくてはいけないと自身の心に鞭を打っていた。 やがて、森之宮デザイン専門学校の二学期も慌ただしく終わり冬休みに入った。 年末恒例の紅白歌合戦が終わり……。 加藤は一人寂しく、ワンルームマンションで新しい年を迎えた。 CALENDAR
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あらすじ
大阪・森之宮にあるデザイン専門学校のデッサン授業中、加藤は隣の席にいた女性(黒田友美)を見て不思議な衝撃を受けた。その日、加藤は母の形見の手鏡を見詰めていると、過去の世界へフラッシュバックした。それは、戦国時代の姫路城内の情景だった。そこにいた剣の師範は加藤吾郎、そして、お姫様は黒田友美にそっくりだった。
加藤は友美への愛が深まるにつれ、戦国時代の世界が鮮明になり、それは自身の過去世だと悟った。顛末は、お姫様が殺され、加藤も自害するという悲惨な結末だった。 現在、友美の周辺に起こるストーカーや酒乱事件から、友美は人に狙われる宿命を過去世から引きずっているのだと、加藤は強く感じた。 加藤は愛する友美の宿命に苦悩した末、先輩から宿命を変えるには、「人のためになる行為」をすることだと勇気づけられる。加藤の真剣な励ましを受けた友美は・・・。 MOBILE
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